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大阪地方裁判所 昭和58年(わ)885号 判決

本籍

大阪府堺市大美野一〇番地の一六

住居

右同所

医師

田仲紀陽

昭和一〇年八月二四日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官宇田川力雄出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年四月及び罰金五〇〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二〇万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

この裁判が確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、医師であり、大阪府堺市大美野一〇番地の一六において登美丘田仲診療所を、兵庫県加西市北条町北条三九一番地において北条田仲産婦人科内科を経営するものであるが、自己の所得税を免れようと企て

第一  昭和五四年分の総所得金額が一億一九六〇万三九九五円(別表(一)修正損益計算書参照)で、これに対する所得税額が六五四四万四〇〇〇円(別表(四)税額計算書参照)であったのにかかわらず、診療報酬の一部を除外し、架空仕入を計上するなどの行為により所得の一部を秘匿した上、昭和五五年三月一五日、堺市南瓦町二番二〇号所在の所轄堺税務署において、同税務署長に対し、昭和五四年分の総所得金額が二七八二万五七六一円で、これに対する所得税額が一八七万八〇〇〇円(但し、誤って控除対象配偶者でないのに配偶者控除をし、その結果一七一万八五〇〇円と申告)である旨の虚偽過少の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により右正規の所得税額と右申告所得税額との差額六三五六万六〇〇〇円を免れ

第二  昭和五五年分の総所得金額が一億七四六八万一九〇四円(別表(二)修正損益計算書参照)で、これに対する所得税額が一億〇一一六万一八〇〇円(別表(四)税額計算書参照)であったのにかかわらず、前同様の行為により、右所得の一部を秘匿した上、昭和五六年三月一六日、前記税務署において、同税務署長に対し、昭和五五年分の総所得金額が五五〇〇万六四七三円で、これに対する所得税額が一三一五万四八〇〇円である旨の虚偽過少の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により右正規の所得税額と右申告所得額との差額八八〇〇万七〇〇〇円を免れ

第三  昭和五六年分の総所得金額が一億六三六四万七八七七円(別表(三)修正損益計算書参照)で、これに対する所得税額が九二〇三万六九〇〇円(別表(四)税額計算書参照)であったのにかかわらず、前同様の行為により、右所得の一部を秘匿した上、昭和五七年三月一五日、前記税務署において、同税務署長に対し、昭和五六年分の総所得金額が五一四六万二二八四円で、これに対する申告所得税額が九九八万三一〇〇円である旨の虚偽過少の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により右正規の所得税額と右申告所得税額との差額八二〇五万三八〇〇円免れ

たものである。

(証拠の標目)

判示全事実につき

一  第一三回、第一四回、第二二回公判調書中の被告人の各供述部分

一  被告人の検察官に対する供述調書

一  被告人の大蔵事務官に対する質問てん末書一〇通

一  第九回公判調書中の証人平井六郎の供述部分

一  境孝の大蔵事務官に対する昭和五七年七月二九日付質問てん末書

一  平井六郎の検察官に対する供述調書(不同意部分を除く。)

一  平井六郎の大蔵事務官に対する昭和五七年七月二一日付、同年八月一一日付(不同意部分を除く。)、同年一一月九日付(不同意部分を除く。)、同月二四日付(二通、検察官証拠請求番号六七のものについては不同意部分を除く。)各質問てん末書

一  高橋順子(二通)、寺嶋慶子の大蔵事務官に対する各質問てん末書

一  大蔵事務官作成の昭和五七年一一月二〇日付(収入金調(北条)、検察官証拠請求番号一二のもの)、同年一二月三日付(不動産所得の経費調、検察官証拠請求番号一六のもの)、同年九月二〇日付、同年一二月二日付、同月四日付、同年一一月一一日付各査察官調査書

一  大蔵事務官作成の証明書

一  熊本道明、片田賀道、平山勝祐、岡本、杉田忠堅、岡田昌久作成の各回答書

一  藤岡孝雄(三通)、渡海英雄、金銅一成(三通)、中村哲三、福本泰男、松原正行作成の各確認書

一  押収してある五四年度・五五年度・五六年度金銭出納帳一綴(昭和五八年押第一〇一四号の一)、五四年度・五五年度・五六年度金銭出納帳一綴(同号の一一)、銀行勘定帳(五四ないし五六年分)一綴(同号の一二)、社保・国保振込通知書四綴(同号の一七)、借入明細書一綴(同号の二三)、振込通知書等綴一綴(同号の二五)、生保診査料支払明細綴一綴(同号二六)、駐車場借用申込書一綴(同号の三五)、決算書綴一綴(同号の五三)

判示第一、第二の各事実につき

一  第七回、第八回公判調書中の証人沖田益美の各供述部分

一  大蔵事務官作成の昭和五七年一一月二二日付(諸会費)、同年一二月三日付(リース料調)各査察官調査書

一  国司泰教作成の確認書

一  押収してある五四年・五五年元帳一綴(昭和五八年押第一〇一四号の八)、五四年分・五五年分元帳一綴(同号の九)、五四年度・五五年度駐車料ノート一冊(同号の三八)、保険支払通知書四綴(同号の四四)

判示第一の事実につき

一  大蔵事務官作成の昭和五四年分所得税確定申告書謄本

一  小原竹治作成の確認書

一  押収してある金銭出納帳一綴(昭和五八年押第一〇一四号の二)、五四年分元帳一綴(同号の五)、五四年度決算資料一綴(同号の一四)、五四年度賃金台帳一綴(同号の二〇)、昭和五四年北条金銭出納帳一綴(同号の二九)、昭和五四年元帳(北条)一綴(同号の三二)、昭和五四年支払明細綴一綴(同号の三三)、診療報酬振込通知書一綴(同号の三六)、五四年〈先〉日計票一二綴(同号の三九)、支払明細一綴(同号の四三)、給料支払明細綴一綴(同号の五〇)、昭和五四年分領収書綴一三綴(同号の五五)

判示第二、第三の各事実につき

一  第五回、第六回公判調書中の証人境孝の各供述部分

一  第一〇回公判調書中の証人衣笠光雄の供述部分

一  衣笠光雄の検察官に対する供述調書(不同意部分を除く。)

一  衣笠光雄の大蔵事務官に対する昭和五七年七月二一日付(不同意部分を除く。)、同年八月一二日付、同年一一月一六日付(不同意部分を除く。)各質問てん末書

一  境孝の検察官に対する供述調書(不同意部分を除く。)

一  境孝の大蔵事務官に対する昭和五七年七月二一日付、同年八月一〇付、同年九月二一日付、同年一一月二二日付各質問てん末書(いずれも不同意部分を除く。)

一  大蔵事務官作成の昭和五七年一一月八日付(たな卸資産)査察官調査書

一  星野晴彦、酒井昭博作成の各回答書

一  押収してある薬品材料在庫調一綴(昭和五八年押第一〇一四号の一八)、給料支払明細一綴(同号の一九)仕入集計表一一枚(同号の二四)、五五ないし五七出勤簿四綴(同号の三七)、昭和五五年登美丘薬品在庫調一袋(同号の四五)、在庫調一綴(同号四七)、保険支払通知書等三綴(同号の四九)、給料支払明細綴一綴(同号の五一)、使用済預金通帳一三冊(同号の五二)、請負契約書一綴(同号の五七)、請求書一綴(同号の五八)、内訳書一綴(同号の五九)、工事施工指示書(追加)一綴(同号の六〇)、請求書一綴(同号の六一)、請書一枚(同号の六二)

判示第二の事実につき

一  山下勝の大蔵事務官に対する質問てん末書

一  大蔵事務官作成の昭和五五年分所得税確定申告書謄本・同年分所得税修正申告謄本

一  大蔵事務官作成の昭和五七年一一月二五日付(架空仕入)同月二〇日付(差入保証金)各査察官調査書

一  押収してある五五年分現金出納帳一綴(昭和五八年押第一〇一四号の三)、五五年分元帳一綴(同号の六)、仕入帳(五五分)一綴(同号の一三)、五五年度決算資料一綴(同号の一五)、五五年度賃金台帳一綴(同号の二一)、昭和五五年北条金銭出納帳一綴(同号の二八)、昭和五五年元帳(北条)一綴(同号の三一)、五五年〈先〉日計票一二綴(同号の四〇)、昭和五五年申告関係書類一束(同号の四六)、領収証等一綴(同号の四八)、領収書綴一綴(同号の五六)

判示第三の事実につき

一  第二〇回公判調書中の証人木村倫雄の供述部分

一  大蔵事務官作成の昭和五六年分所得税確定申告書謄本、同年分所得税修正申告書謄本

一  安藤全典、出口和徳、田中和夫作成の各回答書

一  ユニチカ株式会社作成の御見積書写し

一  平良俊夫作成の「現設事項」と題する書面謄本

一  平良俊夫作成の「見積検討書」と題する書面謄本

一  押収してある金銭出納帳一綴(昭和五八年押第一〇一四号の四)、五六年分元帳一綴(同号の七)、五六年分元帳一綴(同号の一〇)、五六年度決算資料一綴(同号の一六)、五六年度賃金台帳一綴(同号の二二)、昭和五六年北条金銭出納帳一綴(同号の二七)、昭和五六年元帳(北条)一綴(同号の三〇)、五六年駐車ノート一冊(同号の三四)、五六年〈先〉日計票一二綴(同号の四一)、昭和五六年収支計算一綴(同号の五四)

(事実認定の補足説明)

一  修繕費(五五年)、減価償却費(五五年、五六年)

1  検察官は、被告人が昭和五五年六月北条田仲産婦人科内科(以下「北条診療所」という。)内に鉄骨平屋建の透析センターや同センターと既設病棟との渡り廊下を新設し、既設病棟厨房に厨房機器等の新設とそれに伴う工事をして合計二八五五万円で新しく不動産等を取得したが、修繕工事に四七〇万九〇〇〇円を要し、二三八四万一〇〇〇円の資産取得をしたと記帳した旨主張する。他方、弁護人は、修繕費四七〇万九〇〇〇円は、既設病棟の病室の一部取壊しに伴う補修工事に支出したもので修繕費であり、また、そのうちの厨房機器等新設などの工事費四〇万円については、新設備品の単価はいずれも一〇万円未満であるから、いずれにしろ必要経費に当たる旨主張する。

(一) 透析センター関連工事の経過、内容をみるに、星野晴彦、酒井昭博作成の回答書(検一五〇、一五二)、押収してある請負契約書一綴(昭和五八年押第一〇一四号の五七以下綴数を省略し、「押五七」などと記載する。)、請求書(押五八)、内訳書(押五九)、工事施工指示書(追加)(押六〇)、請求書(押六一)工事請書(押六二)によれば、次の事実が認められる。すなわち、〈1〉被告人は、昭和五五年四月二三日(以下「昭和」を省略する。)株式会社熊谷組大阪支店(以下「熊谷組」という。)との間で、被告人の営む北条診療所敷地内に、透析センターを請負金額二五〇〇万円、引渡期日同年五月三一日の約定で建築する旨の契約を締結したが、その後工事期間を延長するとともに透析機器の機種変更に伴い、その変更工事を一四〇万円で請け負わせ、熊谷組は、同年六月三〇日透析センターの本体工事を完成して被告人に引き渡し、同年七月一〇日右変更工事を終えた。〈2〉被告人は、五五年六月六日熊谷組に対し、既設病棟に厨房機器等の新設とそれに伴う工事を請け負わせ、熊谷組は、同月二〇日右工事を終えたが、その工事見積書によれば、厨房工事費は合計二八万一五〇〇円で、その内訳は戸棚付調理台八万七八〇〇円、調理台三万三二〇〇円、コンロ台八三〇〇円、右の搬入据付費一万九二〇〇円、倉庫木棚六万円、ガス管延長工事二万八〇〇〇円、換気扇取付工事四万五〇〇〇円であり、その他工事費は合計六万三〇〇〇円で、その内訳は新生児室ロック取替一万二〇〇〇円、受付引違窓二万六〇〇〇円、ベランダ手摺改造二万五〇〇〇円であり、右両工事にかかる諸経費は六万〇五〇〇円であった。〈3〉被告人は、五五年八月一三日熊谷組に対し、右透析センターと既設病棟を結ぶ渡り廊下の新設工事を一七五万円で請け負わせ、熊谷組は同月三一日右工事を終えた。熊谷組の見積書によれば、建築主体工事費一三五万六三五〇円、電気及び設備工事費二五万円、諸経費一九万三六五〇円であったが、右電気及び設備工事には、既設建物の関連工事も含まれていた。〈4〉被告人は、五五年一一月一三日熊谷組に対し、北条診療所内にある医師住宅改修工事を七七万円で請け負わせ、熊谷組は同月二五日右工事を終えた。

(二) 右認定事実によれば、次のとおり認定判断できる。

(1) 透析センターは、新設された建物で取得価額は合計二六四〇万円であり、五五年六月三〇日引渡しを受け、そのころ被告人の業務に供されたから、五五年六月から減価償却をすることができる。しかし、右工事中、修繕に該当するものはない。

(2) 既設病棟の工事のうち、新たに取得した厨房機器は、右見積価額からすれば、その取得価額はいずれも一〇万円未満である。そうすると、右機器設置等に伴う工事費を含めた請負工事費四〇万円は、器具備品に該当し、かつ、少額減価償却資産の取得として、その全部が必要経費に当たる(所得税法施行令一三八条参照)

(3) 渡り廊下は、透析センターに付随して新たに設けられ、その請負工事費一七五万円は、建物取得費に当たる。ところで、前認定のとおり、右建物は、五五年八月に工事が完了して引き渡されたものと認められるが、検察官において、被告人の五五年六月に事業の用に供した旨の申告を否認していないので、五五年六月から減価償却することとする。

なお、右工事中には、渡り廊下と接続する既設病棟部分の工事も含まれているが、右は、渡り廊下の性格上、その新設に伴い当然必要な工事であるから、右接続部分の工事費も建物取得費に当たり、修繕費ということはできない。

(4) 以上によれば、五五年の建物取得価額は、透析センター分二六四〇万円、渡り廊下分一七五万円の合計二八一五万円であり、少額資産取得価額は四〇万円である。そして右不動産取得価額分については、五五年六月から減価償却をすることができるので、その減価償却費を各年の必要経費とし、少額資産取得価額分については、全額を五五年の必要経費とすることができる。

2  弁護人は、被告人において修繕費計上につきほ税の故意がない、すなわち、右透析センター及び渡り廊下新設工事には、既設建物の修繕部分があり、北条診療所事務長平井六郎及び登美丘田仲診療所(以下「登美丘診療所」という。)事務長境孝が右工事内容を確認して修繕費を計上したものであり、修繕費計上分は、修繕費か資本的支出かの見解の相違に過ぎず、右仕分けを了承して納税申告した被告人には、ほ税の故意がない旨主張する。

(一) 第五回公判調書中の証人境孝の供述部分(二五ないし二七丁、以下「証人境孝の証言(五回二五ないし二七丁)」のように略記する。)、証人境孝の証言(六回二三ないし二八丁)、証人平井六郎の証言(九回二八ないし三〇丁)中には、右主張にそう部分がある。

しかし、平井は北条診療所に勤務して右工事内容を熟知しており、また、境は被告人が締結した請負契約書等を確認するなどの方法で、右認定の工事内容を十分知りうる立場にあった。そして、右透析センター及び渡り廊下はいずれも新設されたもので、これを修繕であると解していたものとは考えられない。また、平井及び境において、修繕費に計上した四七〇万九〇〇〇円中、病棟雑工事分四〇万円を控除した四三〇万九〇〇〇円につき、右二つの工事のうち具体的にどの部分を修繕として考えていたか不明である。これらの点を考慮すると、右の各証言部分は、たやすく措信できない。

(二) 他方、昭和五五年申告関係書類(押四六)中の「五五年の収支計算帳簿訂正事項」と記載された書面には、「増築工事請負金の項目を無しにしないとバレてしまいます。領収証の名目がどのようになっているかチェックの必要があると思います。」旨の記載がある。また領収証等(押四八、五六)をみると、熊谷組の領収証の右工事対応分には、「透析センター新設工事代金」、「渡り廊下新設工事代金」と記載されている。右の諸事実と証人境孝の被告人の所得を減ずるため修繕費として計上した旨の証言部分、境孝の大蔵事務官に対する昭和五七年七月二一日付質問てん末書(以下、「境孝の五七年七月二一日付質問てん末書」のように略記する。)問九の供述記載等を総合すれば、境孝らは、被告人からその所得を減ずるよう指示され、その意を体して、修繕費に当たらぬものまでこれに含ましめて必要経費を増額させようと考え、熊谷組発行の領収証を利用して、修繕費四七〇万九〇〇〇円を過大に計上したものと認められる。

弁護人の主張は、採用できない。

3  小結

(一) 以上によれば被告人は、五五年六月、北条診療所新設建物を二八一五万円で取得し、また、少額資産を四〇万円で取得したにもかかわらず、ほ税の故意で、新設建物を二三八四万一〇〇〇円、修繕費に四七〇万九〇〇〇円を支出した旨記帳したものである。

(二) 右申告修繕費四七〇万九〇〇〇円中、四〇万円いずれにしても必要経費であるから、同金額を控除した四三〇万九〇〇〇円は、架空修繕費として否認されるべきである(別表(五)1参照)。

(三) 新設建物について、右認定取得価額から申告額を控除した四三〇万九〇〇〇円は、簿外資産である(別表(五)1参照)。そして、右簿外資産分の減価償却費は、五五年分七万〇一二八円、五六年分一二万〇二二一円である(別表(五)2参照)。そうすると、各年の簿外減価償却費合計は、五四年分三七万三〇五五円、五五年分三一万一四六五円、五六年分四七万七四五〇円である(別表(五)3参照)。

(四) ところで、右認定の五五年分の簿外減価償却費は、検察官主張額を六五一一円下回っているが、前説示のとおり修繕費において、少額資産分四〇万円の必要経費を認めているので、これを加算すれば、実質上検察官主張の必要経費を上回ることとなる。また、五六年分の簿外減価償却費は、検察官主張額を一万一一六〇円下回っている。右は検察官において少額資産取得価額四〇万円を建物取得価格に含まれると主張したことに起因しているもので、検察官は、五六年分の必要経費を減額する訴因変更手続をしていないから、同年分の減価償却費を裁判所認定額とするが、別途調整勘定を設け、一万一一六〇円を簿外借方とする(別表5参照)。

二  支払手数料

1  税理士支払手数料(五五年、五六年)

弁護人は、被告人は五五年及び五六年の間、顧問税理士小原覚三に対し、正規の報酬以外に四、五回にわたり合計八〇万円以上を支払ったので、五五年及び五六年に各四〇万円あて簿外で支払手数料を支払ったことになる旨主張する。

(一) 証人衣笠光雄の証言中には右主張にそうかのごとき部分(一〇回二五ないし二八丁、三五ないし三七丁)があるが、同証人自身、小原覚三に対し、被告人振出の小切手を換金して支払ったものか、被告人から受け取った現金を支払ったか判然とせず、被告人振出の小切手を換金して支払ったものならば、簿外の支払ではないと述べている。そして衣笠光雄は、捜査段階において、医師招へいのための簿外接待交際費や鄭伝可医師の簿外給料について供述しておりながら、右の点についてなんら触れていない。

ところで、登美丘診療所の実際の元帳である五四年・五五年元帳(押八)には、小原税理士に対し、各月一一万一一一一円、決算時には別に三三万三三三三円等を支払った旨記帳されている。また、同診療所の五六年分元帳(押一〇)にも同様の記帳がなされている。そして、五五年度・五六年度決算資料(押一五、一六、五三)によれば、支払手数料算出に当たり、右の金額は計算されている。

以上の諸事情を考慮すれば、証人衣笠光雄の前記証言部分は、未だ措信するに足りない。

(二) 他に、弁護人の右主張にそう証拠は見当たらない。そうすると、被告人が簿外で小原税理士に手数料を支払ったとは認め難く、弁護人の主張は採用できない。

2  新病院建設関係支払手数料(五六年)

弁護人は、被告人が大阪府堺市北野田七〇七番地に田仲北野田病院(以下「新病院」という。)の新設工事を行うに際し、五六年中に支払あるいは支払が確定した債務合計額三六四三万八〇三四円は必要経費に当たる旨主張する。すなわち、住民対策費二〇〇〇万円は、新病院の建設工事により周辺住民に対し何らの被害を及ぼさないのに、一部の金目当ての反対による工事遅延を恐れ、理不尽な要求に屈して支払ったものであり、右は、建物取得価額に含まれるものではなく異常な支出である。また、北野田水利組合に支払った放流分担金七〇〇万円は、新病院の排水等により同組合に対し何らの損害を加えないのに、堺市が建築確認申請に際し地元水利組合の同意を得るよう指導したため支払ったものであり、右は建物取得価額に含まれるものではなく同意料名下の異常な支出である。狭山池土地改良区に対し支払うべき河川管理協力金等二六六万〇〇三四円は、同区は新病院より上流に位置し、新病院の排水により負担増や損害を受けないのに、前同様支払わざるを得なかったものであって異常な支出である。さらに、堺市に対し支払うべき開発協力金六七七万八〇〇〇円は、一種の寄附金であるなどとその理由を述べる。

(一) そこで、右金員の支払の経緯、被告人とユニチカ株式会社(以下「ユニチカ」という。)との請負契約の内容等をみるに、安藤全典、出口和徳、田中和夫作成の各回答書(検一五四、一五六、一五八)、ユニチカ作成の御見積書写し(弁三八)、「現説事項」と題する書面謄本(弁四〇)、「見積検討書」と題する書面謄本(弁四一)、第二〇回公判調書中の証人木村倫雄の供述部分等関係証拠によれば、次の事実が認められる。すなわち、〈1〉被告人は、堺市北野田七〇七番地ほかに新病院を新設しようと考え、五六年一一月ころ、建設工事請負希望者に現場説明をしたが、その際「工事上の住民対策費は、本工事に含める。見積項目をあげてよい。ただし、堺市水道負担金、放流負担金は別途。」である旨説明し、また、請負人が被告人所有の不動産を購入して、その代金相当額を工事代金の一部支払に充当させる旨の条件を付した。〈2〉被告人は、五六年一二月二五日ユニチカとの間で、工事金額八億二九〇〇万円、支払方法は現場説明事項どおりとする旨の(仮)工事請負契約を締結したが、ユニチカは、被告人所有の不動産を三億一〇〇〇万円と見積りこれを買い取ることにした。〈3〉被告人は、五六年一二月二九日北野田水利組合に下水放流浄化槽設置協力金七〇〇万円を支払い、翌五七年一月一三日狭山池土地改良地区に、浄化槽負担金一三六万円、水路維持管理一部負担金七九万六〇三四円、特別協力金五〇万円の合計二六五万六〇三四円を支払い、同年二月堺市に開発協力金六七七万八〇〇〇円を支払った。〈4〉ユニチカは、五七年一月一三日から同年六月二五日までの間に、建設補償費として、堺市北野田の住民五人に合計二七五万円、同地区の自治会長二人に合計一三〇万円の総合計四〇五万円を支払った。〈5〉被告人は、五七年二月二七日ユニチカとの間で、工事金額を八億二九〇〇万円、うち近隣対策費二〇〇〇万円は別紙覚書による。請負代金の支払のうち不動産引渡しは別紙覚書による旨の工事請負契約を締結した。そして被告人は、五七年三月一〇日ユニチカとの間に、工事期間中に近隣問題等が発生した場合には被告人はユニチカに協力するものとする、住民補償費(水利組合対策費・隣接土地対策費・その他)は、被告人がその支払を行うため、ユニチカは被告人にあらかじめ概算払をし、工事竣工時に精算するものとする旨の覚書を交わした。〈6〉被告人は、五七年三月一七日ユニチカに対し、前記〈3〉の支払に係る領収証等の写しを添えて立替金一六四三万四〇三四円の支払を請求し、ユニチカは、同月一九日被告人に対し同金額を支払い、被告人は、「田仲病院新築工事に伴う開発諸費用立替金」としてこれを受領した。〈7〉ユニチカは、五七年五月二〇日新病院建築工事に着工し、五八年五月一〇日工事を完了してこれを被告人に引き渡した。そして被告人は、五八年一二月二〇日前記〈5〉の工事請負契約に基づき、被告人所有の不動産をユニチカに売り渡したが、その価額は当初の約定額三億一〇〇〇万円ではなく、ユニチカの懇請を入れ、二億九〇〇〇万円に減額する旨を約し、翌五九年四月四日右不動産の筆数及び地積変更等に伴う覚書を取り交わした。

(二) 右認定の事実によれば、

(1) 近隣住民に対する建設補償費については、ユニチカが近隣住民と補償交渉を担当し、支払うべき補償金は、被告人との約定により住民対策費として請負工事代金の中に含ましめていたものと認められる。そして、本件新病院のごとく大規模な建物を建築するに際し、近隣住民に支払われる建設補償費は、当該建物を建設するために要した費用であるといわねばならない。したがって、右請負金額中の建設補償費分は、建物の取得価額に含まれ、建物の引渡しを受けて業務の用に供した日から必要経費として減価償却すべきものであって、未だ工事に着工さえしていない五六年末においては、必要経費とすることはできない。

(2) 北野田水利組合等に対する各種負担金や協力金(以下「負担金等」という。)については、被告人は、当初、堺市水道負担金及び放流負担金は自ら支払うことを考えていたが、ユニチカとの五七年二月の契約及び同年三月の覚書により、結局、北野田水利組合、狭山池土地改良区、堺市に対する負担金等合計一六四三万四〇三四円は請負金額中の住民対策費二〇〇〇万円中に含ましめる旨を合意し、被告人が既に支払った金額はユニチカにおいて支払うべきものを被告人が立て替えたものとして取り扱い、その後ユニチカが被告人にこれを返済したものと認められる。なお、被告人はユニチカに対し、五八年一二月二〇日被告人所有に係る不動産の引渡価額を二〇〇〇万円減額しているが、これをもって、被告人がいったん返済を受けた立替金一六四三万四〇三四円を再びユニチカに返還したものとは認め難い。

ところで、北野田水利組合、狭山池土地改良区、堺市に対する負担金等は、「現説事項」と題する書面に「堺市水道負担金、放流負担金は別途」と記載していることからすれば、新病院の建築注文者である被告人としては、少なくとも堺市水道負担金及び放流負担金名目の支出は予想していたものと窺われる。そして被告人は、五六年一二月、五七年一月ないし二月という工事着工前の早い段階で負担金等の支払をしており、右支払につき正当の理由のない負担金等として難色を示した事情は認められない。また、堺市に対する開発協力金は堺市宅地開発等指導要綱に基づき、北野田水利組合や狭山池土地改良区に対する負担金等は堺市の行政指導に従い、それぞれ支払われたものであり、さらに負担金等の内容からしても、北野田水利組合に対する下水放流浄化槽設置協力金や狭山池土地改良区への浄化槽、水路維持管理の負担金等は新しく病院を建設する上での協力金ないし負担金として格別異常な支出とは認められず、堺市に対する開発協力金についても同様に解される。しかして、これらの支出が新病院の建設取得ないし新病院での事業と関連しない支出あるいは偶発的で異常な支出ということはできず、むしろ、病院を建設取得するに際し、通常要する経費とみるのが相当である。なお、堺市への開発協力金につき、証人福湯正義は、堺市はその後病院開設者には開発協力金を課さなくなった旨証言(二二回一〇丁)するが、右証言も前記判断を左右するものではない。

(3) そうすると、ユニチカが行った住民補償のための住民対策費は建物取得価額に含まれ、また五六年一二月北野田水利組合に支払われた七〇〇万円及び五七年一月ないし二月狭山池土地改良区や堺市に支払われた負担金等合計九四三万四〇三四円も建物取得価額を構成するものというべきであるから、五六年分の確定申告に際し必要経費にはならない。

仮に、右負担金等が繰延資産と解する余地があるとしても、五六年一二月末現在では、北野田水利組合に支払われた七〇〇万円以外は未だ現実に支払われていないのであるから、五六年分の繰延資産として償却する余地はなく、さらに、右北野田水利組合に対する七〇〇万円は五六年一二月二九日に支払われているが、ユニチカが新病院の建築工事に着工したのは五七年五月であるから、未だ工事に着手もされていない年度において繰延資産の償却費を計上することは許されず、いずれにしても、五六年分の必要経費とはならない。

(三) 被告人は、五六年分の確定申告の際、住民対策費二〇〇〇万円及び水利組合等への支払金ないし支払予定金一六四三万八〇三四円の合計三六四三万八〇三四円を支払手数料に計上しているが、次の事情に照らすと、被告人にはほ脱の故意が認められる。すなわち、登美丘診療所の境孝らは、被告人の五六年分確定申告をする際、その収支計算等をしたが、その過程の中で作成された決算書綴(押五三)の五六年度決算関係書類中には、放流分担金、開発協力金、住民対策費について「本来は税務上の繰延資産に該当し、個々の耐用年数により償却する。田仲診療所と打合せの結果、一度に費用計上出来ないことを認識の上、支払手数料に含め、全額損金計上した。以上、税務調査時において否認されてもしかたがない。」旨の記載がある。また、境孝は、小原税理士と右住民対策費等の取扱いを相談しているが、これを支払手数料として計上するに至った経緯につき、被告人の五六年分所得を仮決算した際、約一億三七〇〇万円の所得があったが、衣笠光雄を通じ、被告人から昨年の申告所得額並みにするよう指示され(証人境孝の証言五回二九丁)、小原税理士からは、繰延資産の性格が強いし、経費に計上することは困難といわれたが、被告人の希望する申告額程度にするため、繰延資産ならば、任意償却が可能であり、未払分については債務が確定しているとして、その費用の性格に着目して、一括支払手数料に計上した旨(同五回三〇、三一丁)述べている。これらの事情を総合考慮すれば、境は、被告人の確定申告所得を減ずるため、住民補償費及び水利組合などへの負担金等が五六年分の必要経費にならないのに、支払手数料としてあえて計上したものと認められる。そして、被告人自身、五六年分の所得を前年度申告金額並みにするよう経理事務担当者に指示したことを自認していることなどからすれば、被告人には、ほ脱の故意が認められる。

以上の次第で、弁護人の主張は採用できない。

三  給料賃金(五五年)

弁護人は、五五年中、登美丘診療所で勤務していた事務員沖田益美が、アルバイトで働いていた松井義明医師へ支払うべき給料を預かったまま着服したため、被告人は、改めて同医師に二〇万円を支払ったから、同金額は簿外給料として、同年分の必要経費に加算すべきである旨主張する。

1  従業員が、アルバイト医師に支払うべき給料を横領し、改めて同医師に給料を支給したとしても、右は、本来支給すべきものを後日改めて支給したものであるから、右支払自体簿外で給料を支給したことにはならない。そして、各種帳簿に給料支給を記帳していれば、実際に支給されなかった分はこれを訂正し、改めて支払った際にはその旨の記帳をし、他方、従業員が右給料を横領したならば、従業員に対する貸付あるいは雑損等の記帳をし、従業員から返済を受けたならばその旨の記帳をするのが通例である。

2  実際の五四年度・五五年度・五六年度金銭出納帳(押一)、実際の五四年・五五年元帳(押八)とこれに対応した公表の五四年度・五五年度・五六年度金銭出納帳(押一一)、五五年度決算資料(押一五)等によれば、登美丘診療所の経理担当事務員は、五五年中、当直医師等に給料を支払った際、実際の現金出納帳や実際の元帳に記帳した上、改めて公表の金銭出納帳、公表の元帳に転記し、確定申告の決算資料としているが、右の各種帳簿上、松井医師に対し支払うべき給料が未払に終り、改めて支払ったことを窺わせる記帳は認められない。

証人藤井辰子は、沖田が当直医師の給料を預かったまま退職したと聞いたことがある旨証言(一七、一八丁)し、証人境孝は、給料を貰っていないと述べる医師に二〇万円を支払った旨証言(一二回七、八丁、二一丁)する。しかし、右各証言部分によっても、その支払の日時等は判然としない上、その支払自体各種帳簿に記帳されたか否か不明である。結局、本件全証拠によるも、帳簿上支給された給料とは別に、松井医師に簿外で給料が支払われた事実はこれを認めることができない。

弁護人の右主張は採用できない。

四  雑損失(五四年ないし五六)

弁護人は、〈1〉登美丘診療所事務員沖田益美は、五三年一二月から五五年七月までの間、入院患者が前納していた前納金を日計表等に記載しないで合計二〇八九万円を着服横領したが、そのほかに、〈2〉沖田は、五五年夏、黒川賢子から同人の娘前東厚子の入院前納金二〇万円を預かったが、入金記帳しないまま着服し、被告人は、同年八月黒川に同額を返還したので、右金額は雑損失となる、〈3〉沖田は、登美丘診療所で入金記帳したものの中から、一か月少なくとも三〇万円を横領していたから、五四年一月から同人が退職した五五年七月までの合計五七〇万円(五四年分三六〇万円、五五年分二一〇万円)は、雑損失となる旨主張する。

1  ところで、使用者が、使用者管理の現金を従業員に横領されたとき、右事業用現金は固定資産(所得税法二条一項一八号参照)ではないから、右金員横領の事実を資産損失として、その被害金額を必要経費とすることはできない(同法五一条一項参照)。使用者は、従業員に対し、横領行為により被った損害に相当する金額の損害賠償請求権を取得するから、右横領による被害をもって直ちに損失とすることはできず、右請求権は、事業所得を生ずべき事業遂行上生じた売掛金等に準ずる債権と考えられるので、当該請求権が回収不能の際、貸倒損失を事由に、貸倒損失の生じた日の属する年分の事業所得の計算上、その貸倒金額が必要経費となるものと解される(同法五一条二項参照)。したがって、従業員の横領による事業用現金損害分が必要経費となるには、従業員の事業用現金横領の事実が存在し、その横領被害額が具体的なものとして合理的に算定できること、使用者の従業員に対する損害賠償請求権の回収が不能になったことを要するものと解される。

2  そこでまず、前記〈1〉の主張につき検討する。

検察官は、被告人が、五五年一〇月二三日、沖田に対し、同女が入金前の二〇八九万円を横領したことを請求原因として損害賠償請求の訴えを提起し、五六年二月一九日、二〇八九万円とこれに対する遅延損害金の請求を認容する判決を得たことから、被告人は、五六年に右請求権を取得しているが、右は被告人のほ脱の故意によらない簿外の請求権であるので、非犯則の収入金額とする一方、その請求権は五六年には沖田から回収が不能であるとして、同じく非犯則の簿外雑損失としている。そして、検察官の冒頭陳述書の修正損益計算書によると、被告人の五六年分の事業所得中、他にもほ脱の故意によらない経費の是否認があり、右の分も加えた五六年分の非犯則の簿外貸方(収入の部)の合計は四八四七万四四七二円、同年分の非犯則の簿外借方(支出の部)の合計は二二四八万五六一一円であり、非犯則簿外貸方が同簿外借方を二五九八万八八六一円上回っているため、結局ほ脱金額に影響はないとした。なお、右超過金が生じた最大の原因は、五六年の公表仕入金額一億九六一四万八三六五円中、二二五七万四七八三円分が過大であるが、ほ脱の故意がないとしたためである。

弁護人〈1〉の主張に対する検察官の処理は、正当である。

3  次に、〈2〉の主張につき検討する。

(一) 実際の五四年度・五五年度・五六年度金銭出納帳(押一)、実際の五四年・五五年元帳(押八)、公表の五四年度・五五年度・五六年度金銭出納帳(押一一)、公表の五四年分・五五年分元帳(押九)、黒川賢子作成の陳述書(弁五〇)、証人境孝の証言(一二回七丁)、証人衣笠光雄の証言(一四回一丁)等によれば、次の事実が認められる。すなわち、〈1〉黒川賢子は、五五年春ころ、その娘前東厚子の出産入院費用の前納金として二〇万円を沖田益美に預けたが、登美丘診療所の帳簿には、その旨の入金記帳がされていない。〈2〉黒川は、前東が他の病院で出産することになったため、その返金を求めたが、沖田は既に退職しており、同診療所事務長境孝は、被告人の事業用現金から黒川に二〇万円を返金した。〈3〉実際の金銭出納帳には、五五年九月二二日欄に「黒川返金四四〇円」との記載があるが、他に右の経過を窺わせる入金ないし返金の記帳がなく、実際の元帳も同様である。他方、公表の金銭出納帳の五五年八月八日欄には、「前東返金二〇万円」の記載がある。しかし、これに対応する前東の入金の記帳はない。

(二) 右認定の事実によれば、沖田は、黒川から受け取った入院前納金二〇万円を入金記帳しないで横領し、被告人は、黒川に対し二〇万円を返金したものと認められる。

他方、右〈2〉認定の記帳、すなわち、五五年の公表金銭出納帳に「前東返金二〇万円」と記帳されているが、それに対応する黒川ないし前東からの入院前納金の記帳がないこと、同年の公表元帳上沖田に対する貸付、二〇万円の雑損失等の記帳がされていないことからすれば、被告人は、右一連の金員の出入につき、「前東返金二〇万円」のみを記帳したものと認められる。ところで、被告人は、公表金銭出納帳に基づき公表元帳を作成し、右公表元帳に基づいて確定申告の基礎資料を作成している。そうすると、被告人は、前東に対する返金分を控除して、公表窓口収入を算出しているものと認められる。右は、前東に対する返金それ自体を損金として処理したものと窺われるが、いずれにしろ損金として処理している。

(三) 黒川ないし前東の入院前納金の入金とその返還は、被告人の収入の増減に何ら影響はなく、また、前説示のとおり沖田の二〇万円の横領それ自体は、固定資産の損失ではない上、沖田に対し同額の損害賠償請求権を有するから、右の損害は直ちには必要経費とならない。しかし、被告人は、右のような記帳はしていないが、「前東返金二〇万円」と記帳して、それ自体を損失として取り扱っているから、改めて沖田に対する右損害賠償請求権が、五五年ないし五六年ころ請求権として確定し、そのころ貸倒れとなったか否かを検討するまでもなく、これを貸倒損失とすることはできない。

弁護人の〈2〉の主張は、採用できない。

4  弁護人は、沖田が五五年、松井医師に支給すべき給料二〇万円を預かったまま着服して横領した旨主張するので、この点につき検討する。

右主張に関連する証拠として、証人藤井辰子、同境孝の証言部分等がある。しかし、これらの証拠によっても、松井医師のいつごろの給料が手渡されなかったのか、その金額等も判然としない上、沖田が果たして横領したのかさえ明らかでなく、弁護人の右主張は採用し得ない。

5  弁護人の前記〈3〉の主張につき検討する。

(一) 損害賠償請求権が貸倒損失となるには、左請求権が把握可能な程度に確定していることを要するところ、弁護人主張の態様による沖田の横領の事実があったかどうかを検討する前に、被告人自身が、沖田により右態様の方法でどれだけの金額を横領されたかをいつの時点で確認したのかが検討されねばならない。

弁護人安藤純次ら作成の告訴状写し(弁一)、沖田益美の司法警察員に対する供述調書写し四通(弁三二ないし三五)、証人境孝の証言(五回一一ないし一四丁、六回一ないし二〇丁、三八ないし四三丁、四六、四七丁、一二回一ないし七丁)、被告人の検面調書一四項、被告人の五七年一一月一二日付質問てん末書問三ないし五、被告人の公判供述部分(一三回一七ないし四一丁、四七ないし五三丁)等の関係証拠によれば、次の事実が認められる。すなわち、〈1〉被告人は、沖田が登美丘診療所に在職中、窓口現金収入の合計金額とその支出額との差額が、日計票記載の金額と符合しないこともあったが、沖田に引続き経理事務を任せていた。〈2〉登美丘診療所では、被告人の現金管理が必ずしも行届いておらず、日々の手持現金が十分把握されていなかったため、帳簿上、未収入金あるいは使途不明金の存在とその金額が十分掌握されていなかった。〈3〉被告人は、五五年七月、沖田が入院患者から納入されていた前納金の一部を入金記帳しないで横領していたものと認め、沖田を解雇した。そして、被告人は、同診療所事務長境孝らに資料を取りまとめさせてその被害を確認し、五五年八月沖田を右方法による現金横領を理由に業務上横領罪で告訴した。なお、境は、不明金の九二万七九二〇円につき、未収入金と考えていた。さらに被告人は、同年一〇月二三日沖田に対し、右の態様による横領(四〇四件)により合計二〇八九万円の損害を受けたことを請求原因として、右金額とこれに対する遅延損害金の支払を求める訴えを提起し、五六年二月一九日右請求を認容する旨の判決を得た。〈4〉被告人は、右訴えを提起した分につき、五五年分の確定申告時、貸倒損失あるいは雑損控除(所得税法七二条)の申告をしておらず、五六年分の確定申告の際も、判決認容額を収入金額に計上せず、かつ、貸倒損失も計上していない。そして弁護人の〈3〉主張にそう横領被害につき、右両年度において、貸倒損失、雑損控除あるいは雑損失の繰越控除(所得税法七一条)等の申告記帳をしていない。〈5〉被告人は、五七年七月ほ脱事案で調査を受けたが、査察官に対し、「過去のいきさつから考えて、沖田が作成した帳簿やその他資料は全く信用できないと思いました。」旨述べるが(検一三四)、弁護人の〈3〉主張にそう具体的な被害を供述していない。〈6〉被告人は、五八年二月二八日本件公訴事実で起訴されたが、弁護人の〈3〉主張に係る現金横領被害事実の存在を主張したが、未だ具体的な被害金額を主張せず、第一一回公判期日(五九年六月二九日)に、沖田による窓口現金収入の被害は五四、五五年分を合わせて少なくとも二五〇〇万円を超える旨主張し、第一四回公判期日(同年一二月一三日)に、沖田が入金記帳後横領した現金は一〇〇〇万円を超える旨主張し、第一七回公判期日(六〇年二月一五日)に、右の被害金額は、沖田の業務上横領被告事件記録中の沖田の金員支出状況と沖田の借入金等の入金状況から算出して、五四年一月から五五年七月まで各月三〇万円を超える旨主張するに至った。以上の事実が認められる。

(二) 右認定の諸事実によれば、被告人は、沖田を解雇し同人を告訴したころには、沖田が入院予定者の前納金を入金記帳しないで告訴に係る金額を横領した事実を確認し、かつ、沖田が他にも被告人の事業用現金等を着服していたかもしれないとの疑念を抱いていた。しかし、他の事業用現金の横領被害については具体的には把握できず、五八年二月本件公訴が提起された後、弁護人の〈3〉主張の態様による被害の疑いを徐々に強め、その被害の存在と被害金額の確定に努力するようになったものであって、被告人は、五六年分の確定申告の段階では、弁護人の前記〈3〉の態様による横領の事実や被害金額を未だ覚知していなかったものといわねばならない。

(三) そうすると、被告人において、弁護人が前記〈3〉で主張するような横領の被害を仮に受けていたとしても、五六年分の確定申告の段階では、被告人は、右横領の事実と被害の概要を具体的に覚知していたものではなく、被害金額も把握可能な程度に確定していたものではないから、五六年の段階で貸倒損失として必要経費とすることはできない。

弁護人の〈3〉の主張は、その余の点につき判断するまでもなく採用できない。

五  その他

簿外収入、簿外仕入金額、簿外接待交際費、簿外福利費等は、いずれも関係証拠により認められる。

(法令の適用)

被告人の判示第一、第二の各所為は、行為時においては、昭和五六年法律第五四号脱税に係る罰則の整備等を図るための国税関係法律の一部を改正する法律による改正前の所得税法二三八条一項に、裁判時においては、右改正後の所得税法二三八条一項に該当するが、右は犯罪後の法令により刑の変更があったときにあたるから、刑法六条、一〇条によりいずれも軽い行為時法の刑によることとし、判示第三の所為は、右改正後の所得税法二三八条一項に該当するところ、所定刑中いずれも懲役刑及び罰金刑を併科することとし、罰金刑につき情状によりそれぞれ前記法条の二項を各適用し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第二の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により各罪所定の罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役一年四月及び罰金五〇〇〇万円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金二〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予することとし、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して全部これを被告人に負担させることとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西川賢二 裁判官 中田忠男 裁判官柴田秀樹は、転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 西川賢二)

別表(一)

修正損益計算書

〔総所得金額〕

自 昭和54年1月1日

至 昭和54年12月31日

〈省略〉

別表1

修正損益計算書

〔事業所得〕

自 昭和54年1月1日

至 昭和54年12月31日

〈省略〉

〈省略〉

別表2

修正損益計算書

〔不動産所得〕

自 昭和54年1月1日

至 昭和54年12月31日

〈省略〉

別表(二)

修正損益計算書

〔総所得金額〕

自 昭和55年1月1日

至 昭和55年12月31日

〈省略〉

別表3

修正損益計算書

〔事業所得〕

自 昭和55年1月1日

至 昭和55年12月31日

〈省略〉

〈省略〉

別表4

修正損益計算書

〔不動産所得〕

自 昭和55年1月1日

至 昭和55年12月31日

〈省略〉

別表(三)

修正損益計算書

〔総所得金額〕

自 昭和56年1月1日

至 昭和56年12月31日

〈省略〉

別表5

修正損益計算書

〔事業所得〕

自 昭和56年1月1日

至 昭和56年12月31日

〈省略〉

〈省略〉

別表6

修正損益計算書

〔不動産所得〕

自 昭和56年1月1日

至 昭和56年12月31日

〈省略〉

別表(四)

税額計算書

〈省略〉

別表(五)

1.北条診療所透析センター等工事

〈省略〉

簿外建物資産 4,309,000円

28,150,000円-23,841,000円=4,309,000円

架空修繕費 4,309,000円

(4,709,000円-400,000円=4,309,000円)

2 簿外建物資産の減価償却額

〈省略〉

3 簿外減価償却額

〈省略〉

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